私は、日本初の洋上風力発電の基本設計に携わった技術者です。JR東海では新幹線の運転士として多くの人の命を預かり、三菱重工では造船とエネルギーの最前線に立ち、ものづくりと安全を現場で学んできました。
技術者だった三十代、東日本大震災を機に、日本のエネルギー政策の現実とその限界に直面しました。優れた技術があっても、それを活かす仕組みがなければ未来は変えられない。「政治の場で仕組みを作らなければ、確かな技術と産業を次の世代に残せない」と考えて政治家を志し、38歳で地元長崎の県議会議員となりました。
私は、政治とは未来を描くことだと考えています。
人口減少や財政難など、長崎は「弱み」ばかりが語られがちです。しかし、北海道に次ぐ全国第2位の長い海岸線と日本一多い島々を抱えるこの地には、他県にはない「海」のポテンシャル、長く培われた「技術」、そして温かい「人の力」という、圧倒的な「強み」があります。足りないのは悲観ではなく、実行する覚悟です。
だからこそ私は、県議会で「長崎海洋産業都市構想」を掲げてきました。洋上風力・潮流発電・水素、スマート水産業・養殖、造船・水中ロボット、創薬、自動運航船・物流ドローン、そして食と観光まで。海に関わるあらゆる産業を部局の垣根を越えて束ね、民間投資と雇用を呼び込みます。
その歩みは、いま現実の動きになっています。令和8年8月、国は本県の海洋関連分野の地域産業クラスター計画を承認しました。令和9年度予算編成に向けた県の重点方針案では、「マリンテックNagasaki」プロジェクトが筆頭に掲げられています。西九州新幹線も、国と佐賀県の歴史的合意でついに動き出しました。新幹線の運転士だった私が現場の目で支え、長崎の未来の道に育てます。
「仕事をつくる、人を育てる。」これが私の変わらぬ信念です。海から新しい産業と質の高い仕事をつくり、稼ぐ力を高めて、給料と税収を増やす。その果実を教育や福祉に投資して、未来を担う人を育てます。仕事が人を呼び、人が次の仕事を生む。若者が「戻りたい」「ここで挑戦したい」と思える長崎へ、この好循環を回し続けます。
思い込みや前例ではなく、データとファクトに基づく県政を進めます。現場の声に誰よりも寄り添い、若者とともに学び続けながら、長崎の未来を切り拓いてまいります。
子どもたちのため、確かな長崎を残すために。